事件

渥美一枝さん介護の日々「命より重くなった負担」宮城七ヶ浜・夫とその兄と心中か

七ヶ浜捜索事件

2022年8月28日午後1時ごろ、宮城県七ヶ浜町の住宅で、この家に住む渥美勝さんと兄の實さんの遺体が、近くに住む親族により発見されました。また、その後発見された勝さんの妻、渥美一枝さんも搬送先の病院で死亡が確認されました。

渥美一枝さんは、夫と義理の兄の2人を介護していました。警察は殺人事件として捜査するとともに、現場の状況から無理心中の可能性があるとしています。

事件の背景となる渥美一枝さんの介護生活や事件の背景について調べました。

渥美一枝さんが夫と義兄を殺害後自殺したのか?事件の概要

2022年8月28日1時ごろ、この家に住む渥美勝さん(70)と、兄の渥美實さん(73)が倒れているのを近くに住む親族が発見し、110番通報しました。

警察官が駆けつけると渥美勝さんが1階のリビング、兄の渥美實さんが1階の寝室で死亡していて、二人にはともに首を絞められたような跡がありました。

その後、渥美勝さん(70)の妻、渥美一枝さん(49)も風呂場で血を流して倒れているのが発見されました。一枝さんの首の左側と左手首に傷があり、近くには刃物がありました。

搬送先の病院で3人の死亡が確認され、警察は殺人事件とみて捜査を開始、無理心中も視野に入れて慎重に調べています。警察は8月29日に3人の司法解剖をして詳しい死因など調べる予定です。

警察は、「無理心中か?」とは言っていますが、「妻の一枝さんが無理心中を計ったのか?」とは言っていません。検証結果を待ちたいと思います。

事件があった渥美一枝さんの家は、風光明媚な七ヶ浜町松ヶ浜

事件が起きた場所は『宮城県宮城郡七ヶ浜町松が浜』というところです。仙台市、多賀城市、塩竈市に隣接しています。

東日本大震災ではいったいを10mの津波が遅い、多くの被害をもたらした地域です。

日本三景の一つである松島の南部にあたります。七ヶ浜という地名は、この地域が7つの海沿いの集落(湊浜、松ヶ浜など)から構成されているところから名付けられています。

事件のあった渥美一枝さんの家は『七ヶ浜町松ヶ浜謡32-7』です。「謡」は「うとう」と読みます。

松ヶ浜は七ヶ浜町役場から南西に2キロほど行ったところにある住宅街です。

赤く囲まれているところが「謡」の地域です。

七ヶ浜地図

渥美一枝さんの自宅画像「周囲の家と比べ荒れている」

3人が死亡していた家はここです。

七ヶ浜町松ヶ浜謡地図

家の目の前が大きな児童公園となっています。この児童公園は現在東日本大地震の仮設住宅地となっていて、白い建物が並んでいます。まだこちらで生活なさっている方が多くいらっしゃるようです。

七ヶ浜家

七ヶ浜松が浜家2

この写真を見ると、たくさんのコンクリ片のようなものが廃棄されずそのままになっているように見えます。これは東日本大震災のときに割れてしまいそのままになっている瓦礫なのでしょうか。

七ヶ浜の家

七ヶ浜の家

こちらは大きなガラスやタイヤなどが、長く放置してある様子です。危険そうです。やはり男手がないので、女性1人ではできないことが忙しい毎日の中でたくさんあったことでしょう。

この辺り、周囲は比較的きれいな家が多い中(震災後に建てられたもの?)、こちらの家だけが古くて荒れた感があり、異質感を放っています。余裕やゆとりがなかった暮らしのように感じられます。

渥美一枝さんの家の看板「ファミリー謡店」とは?

住居は奥に長くなっていて、前部分が店舗の仕様になっています。看板に大きく「ファミリー謡店」と書かれています。

この「謡」はこの辺りの地名です。字名ですね。

「謡店」は支店ということなのか、それとも単に地名をアピールした店の名前だったのか、ファミリーで文具や事務用品を調べてみましたが何も情報はありませんでした。

消えかかっている看板には「文具、事務用品、その他」と書いてあります。かつて営んでいた商売なのでしょう。

渥美一枝さんの家の正面は東日本大地震の仮設住宅地。

七ヶ浜仮設住宅

目の前に仮説住宅が幾つも並んでいます。道路を隔ててすぐです。入居されている方々のその生活も少し垣間見えます。

この場所は本来児童公園なのですが、敷地は東日本大震災の仮設住宅地になっていて、この付近の難場所、避難施設にも指定されています。

自殺を図った渥美一枝さんは毎日この景色を見て介護生活をしていたことになります。

震災当時ここに住んでいたのなら、人々のうちひしがれる様や耐えて困難に立ち向かう姿、混乱や葛藤、射してくる光や復興への歩みの日々を心に刻んで過ごしてきたでしょう。ここで地域の皆さんと励まし合いながら大変な時期を乗り越えてきたのかもしれません。

介護がいつから始まっていたか、家族がいつからここに住んでいるかはまだ不明ですが、この環境で辛い中でもがんばれたのではないでしょうか。

時には付近に住むもの同士言葉を交わしたりはしなかったのでしょうか。2人の介護で背負う思い苦しみを吐露できる相手はいなかったのでしょうか。

発見したのは近くに住む他の親族ということですから、その親族の続柄や、親族間でこの問題がどのようになっていたのかも気になります。

また、夫の勝さん、實さんともに要介護になった理由が不明です。

引き続き調べていきます。

3人は同居。妻は夫とその兄、2人の介護をしていた

この家に住む渥美勝さん(70)と、兄の渥美實さん(73)はともに無職で介護状態でした。勝さんの妻でパート従業員の一枝さんが2人の介護をしていました。

渥美さん兄弟の要介護状態はわかっていませんが、女性が男性2人の介護を1人で、しかもパートで働きながらというのは相当な負担だったと思います。

渥美さん兄弟が暮らしていたところに和枝さんが結婚して入ってきたのか、それとも渥美さん夫婦の家に介護の必要なお兄さんを引き取ったのか、まだわかりません。

近くに住む親族が遺体を発見しているので、他にも身内が近所にいるということです。このような事件にまで発展してしまう前に何とか食い止められなかったのか残念です。

和枝さんは1人で全てを背負って苦しんでいたのでしょうか。昨日も明日も明後日も、介護しかない一枝さんの毎日を想像すると、おそらく精神も体も想定を超えて崩壊していたのでしょう。

追記:夫の勝さんは「脳梗塞」、義兄の實さんは「体に障害が」

8月29日、司法解剖の結果、夫の勝さんと夫の兄實さんの死因は、首を絞められたことによる窒息死と警察から発表されました。死亡推定時刻は28日早朝から正午にかけてということです。

また、8月29日午前9時、事件のあった自宅にはブルーシートがかけられ、警察による現場検証始まりました。

東北放送が現場検証の様子を取材した際に、記者が付近の住民から聞き取った内容を報道しています。

記者:

「亡くなった3人は同居していて、一枝さんが夫の渥美さんと、その兄・實さんを介護していたということです。」

渥美さん一家を知る男性:

「實さんは働いていないから収入はないはず。勝さんも生活保護をもらっていたと思う。介護サービスの車が週に2回くらい来ていた。結構長い時間いた。」

一枝さんを知る女性:

「お兄さんの障害があって、結婚してお母さんが亡くなってからずっと介護をしていた。旦那さん(渥美さん)も脳梗塞になって、それで2人の介護をしているような感じだった。」

義兄の實さんには障害があり、以前は母親である義母が介護していたことがわかりました。

→ その後母親が亡くなる。

→ 弟の妻である一枝さんが介護を引き継ぐ。

→ 夫の勝さんまでも脳梗塞で要介護になる。

→ 一枝さんが2人分の介護をすることに。

この家はもともとお義兄さんと母親が住んでいたのでしょうか。母親が他界したあと、お義兄さんに障害があって簡単には環境を変えにくいことから、弟の勝さんが実家を継ぐ形で一枝さんとこの家に入ったと思われます。

誰かが面倒を見なければならない。親が亡くなれば兄弟の自分達が世話しなければと、、最初は夫婦で協力すればなんとかなると思ったのかもしれません。

脳梗塞は突然ですから、夫の勝さんが倒れることは2人とも予期せぬ事態だったに違いありません。

他の証言では、近所の方が一枝さんのことを「歩いているのを見かけたことがあるが、静かな感じの人でした。」と語っていました。

文句など言わず黙々と役割を果たす真面目な性格だったのか、憂鬱や極度の疲れやストレスで寡黙にならざるをえなかったのか、一枝さんがもしも生きていれば聞きたいことが山ほどあります。

一枝さんのように介護に苦しみ人生を絶望している人が全国にどれだけいるかと、想像すると胸が苦しくなります。有料介護施設に入所できるのは一部のお金持ちだけです。公的な特別養護老人ホームでも月10万円以上必要で、長い待機期間あり、入所できたらラッキーです。

一枝さんの場合、夫の勝さんが要介護になり世帯では生活保護を受給していたということなので、息抜きをしたくても人並みの贅沢は認められず、娯楽を楽しむこともできなかったでしょう。最低限の質素な暮らしをしていたはずです。

追記:担当ケアマネージャーが「このままでは一枝さんが持たない」と町に相談していた

8月30日、仙台放送で新しい事実が報道されました。

七ヶ浜町によると、7月に担当していたケアマネージャーから町に対し、「介護している一枝さんの負担が大きくて、精神的に疲弊している」という内容の相談があったということです。町はこれを受け、30日にも一枝さんと今後の話し合いをする予定だったということです。また、勝さんの施設入所に向け調整を行っていましたが、新型コロナの影響などで調整が滞っていたということです。

仙台放送より

7月に担当のケアマネージャーが町に対して相談を上げたということですが、事件は8月28日ですからだいぶ時間が経過してしまっていますね。お役所仕事の典型的なパターンです。

そして8月30日に話し合うことを一枝さんにちゃんと伝えていなかった可能性があります。30日にその予定があったら28日に事件が起きていたでしょうか。

もしも30日に今後の対応を話し合う予定があったのにこの事件が起きていたのなら、一枝さんはおそらくこれまでの経緯からもういっさい町に対して期待しない、絶望していたということです。

別の東日本放送の報道では、この担当ケアマネージャーが「介護している妻が、このままでは持たない」とも報告したと報道しています。

この担当ケアマネージャーは一枝さんの精神的疲労に危険を感じていたことがわかります。このサインは決して時間をおいてはダメな種類のものだとプロならわかるもののはずなのに、すぐに対応できなかったことは本当に残念です。

追記:義兄の實さんは引きこもりだった

同じく東日本放送の取材で、松ヶ浜地区の行政区長は、

お義兄さんの實さんは体が不自由というわけではないけれども、どこかが悪く、寝たきりではないがずっと家にこもっている。夫の勝さんは歩くのがちょっと大変だった。

と話しています。

となると、一枝さんは身体的な介護疲れにプラスして相当な精神的負担があったのだと容易に想像できます。お二人が重病人という場合ももちろん相当大変ですが、一枝さんの置かれていた状況は、常人の神経では到底普通ではいられなかったでしょう。

想像を絶する、精神が壊れているその状況で廃人のように生きていたのではないでしょうか。

町の話では夫の勝さんについて施設の入所を調整していたということですが、夫の勝さんが施設に入所すれば一枝さんは血のつながらないお義兄さんと2人きりで暮らしていくことになります。何かそこにもこの問題の難しさ、見えない問題があるように思えます。

事件のあった日に遺体を発見した親族が、前日の27日にも渥美さん宅を訪れていることがわかりました。そのときは渥美さんらはいつもと変わりない様子だったそうです。

親族は次の日の事件当日にも渥美さん宅を訪ねて遺体を発見していることから、なんらかの危機感、不安を感じていたのではないでしょうか。一枝さんが言葉に出さなくても、危うい波長を感じていたと思われます。

まだまだ警察の検証は続いていますので、続報を待ちたいと思います。

 

時の音♪Line

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